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井伏鱒二の作品における動物の世界

概要:

井伏鱒二はユニークな芸術風格を持っている新興芸術派の作家である。本論文は井伏鱒二の処女作「山椒魚」及び初期作品のなかに現れた小動物たちを通じて分析して、井伏鱒二の内面世界を解読することにより、彼の創作の特色を分析してみたいと思う。

「山椒魚」は井伏鱒二の処女作であるが、彼の作品の中で一番知られている作品でもある。井伏鱒二の作品の中に現れた小動物たちは、すべて人間社会の様々な人物像に当てはめることができる。小動物たちの役割の寓意と山椒魚との関係を分析することにより、作者が様々な小動物を通じて人間社会の世情や人情を反映したという結論を得ることができると同時に、作者自身の不安や矛盾を表現していることを分析したい。

 

キーワード:ユーモア、哀れ、時代性、不安、矛盾

 

 

摘要:

井伏鳟二是新兴艺术派中一位极有特色的作家,他的作品弥漫着乡愁,在幽默风趣的同时也透露着深沉的悲哀,具有独特的艺术风格。

本论就是要通过对井伏鳟二的处女作山椒鱼及其初期的作品中呈现的小动物世界进行研究,以此来解读井伏鳟二的内心世界,分析其创作特色。

山椒鱼是井伏鳟二的处女作,而且也是井伏鳟二的作品中最广为人知的一篇。作者描叙了一条被禁困在狭小生活空间的山椒鱼悲剧性的一生。《山椒鱼》并不是童话,而是一篇具有深刻意义时代性极强的作品。

井伏鳟二作品中出现的小动物,在现实生活中都是可以找到原型的,通过分析其他小动物的角色的寓意以及它们和山椒鱼的关系,进一步得出了作者通过诸多小动物反映人间百态的结论,同时也能看出井伏内心的不安与矛盾。

 

关键词幽默,悲哀,时代性,不安,矛盾

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目 次

概要… 2

摘要… 2

はじめに… 3

1.井伏鱒二について… 4

2、小説の中に出た動物についての分析と比較… 5

2.1山椒魚 その境遇、心理、性格及び寓意について… 5

2.1.1山椒魚の孤独感… 5

2.1.2山椒魚の矛盾… 6

2.1.3 自由への憧れ… 6

2.2山椒魚と他の動物… 7

2.2.1山椒魚と蛙… 7

2.2.2山椒魚と鯉… 7

2.2.3 山椒魚とサワン… 8

3、小動物の世界から見た井伏鱒二の思想と創作特色… 9

4.終わり… 10

記注… 11

参考文献… 11

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめに

井伏鱒二は、文壇の大文豪とは言えないが、彼の作品題材の範囲は広く、歴史物、紀行物なども含まれている。言うまでもなく彼の作品について研究した学者は少なくない。特に彼の処女作「山椒魚」は、すべての作品の中でもっとも有名な作品である。学者の中村光夫、吉田透、吉田精一、東郷克美、松本武夫、関良一など多くの評論者は極めて豊かな成果を収めた。中村光夫の『日本の現代小説』(岩波新書 1977年10月20日)と吉田精一の『現代日本文学史』(筑摩書房  1969年12月25日)の中で、井伏の生涯、作品、現代文壇における地位、創作特色とその影響、思想構造などの方面を分析した。その内には、出生作の「山椒魚」に対する評論も乏しくない。彼らは山椒魚が一般的には山椒魚は作者自身の象徴であり、山椒魚を描くことによって自分の内心世界を表わすという観点を持っている。本論文もこのような成果に基づいて、山椒魚と他の小動物の言行を分析しよう。井伏鱒二の作品の中では、山椒魚のほかに、いろいろな小動物がある。山椒魚と他の小動物を比較し、分析することにより、井伏鱒二の矛盾と孤独と不安を明らかにする。

明治維新以来日本は閉鎖的な鎖国から解放されて、世界に注意を払い始めた。井伏鱒二は日本と世界だんだん接触していく時代に生まれた、すごく文化の衝撃を受ながら育ったのである。本論文は井伏鱒二の作品をその当時の時代背景に結びつけ、分析しよう。また、井伏鱒二は学生当時に、教授からのセクシャルハラスメント行為に恐れをなして休学し、退学している。作者は、こうした体験も山椒魚に投影したのではないだろうか。

本論文はこの時代背景と個人背景に基づいて、山椒魚を分析する。そして、井伏鱒二の「鯉」と「屋根の上のサワン」について比べながら分析し、井伏の作品における小動物の世界の共通点を得た。最後に井伏鱒二の創作特色とそれを形成した原因について分析する 。

 

Keywords:共鳴、孤独、夢、友情、束縛

 

1.井伏鱒二について

1898年(明治31年)-1993年(平成五年)独特のユーモアと哀感が底に流れる文体で現実を重視する文学を生み出した井伏鱒二は、広島県生まれた。井伏鱒二氏の人と文学について論じるに当たり、まず井伏文学の理解に必要な事柄を述べておきたい。

井伏鱒二は中流地主階級の農家の次男として生まれた。五歳のときに父親を失い、祖父と母親の手で大切に育てられた。中学の頃は絵を描くことと釣りが大好きで、福山中学を卒業すると、三ヶ月間にわたって、奈良、京都を写生旅行し、「井伏氏が文学より絵が好きだった」[i] 安岡章太郎はこのように書いてある。大正六年、画家になることを断念し、長兄の進めで志望を変え、九月に早稲田大学予科に入学した。当時小説家になるには早稲田の文科を卒業するのが早道だと一般的に考えられていた。それにしても小説家や詩人が異端視されていた当時、自分の弟に小説家になることを進めたということは異例中の異例に属すると言ってよい。大正七年無二の親友青木南八と知り、この友達から学業の面と創作の面で刺激されることになる。井伏氏は大正十一年片上伸教授からセクシャルハラスメントに因り[ii]早稲田大学を退学するが、五月に親友青木南八を喪っている。南八に対する感慨を一匹の鯉に依託して書いた。「鯉」のとともに処女作「山椒魚」が「幽閉」という題で同人雑誌「世紀」に発表されたとき、太宰治はこれを読んで「座っておられなかったぐらいに興奮した、私は埋もれた無名不遇の天才を発見あしたと思って」[iii]と彼は書いてある。この二編と「屋根のサワン」は井伏文学の基盤を成している。彼の早期作品を見ると、初期の井伏文学には、共通の詩情が溶けあって、いずれも独特のペーソスを湛えている。また井伏は、都会生活を逃げ出し、しばしば帰郷した。戦争末期には二年間も疎開しているためか、その作品に郷土色豊かな作品が多い。「朽助のいる谷間」「丹下氏邸」「当村大字霞ヶ森」などである。その後に旺盛な作家活動を開始した。その長編『ジョン万次郎漂流記』で直木賞を、また「本日休診」で第一回読売文学賞を受けている。さらに『黒い雨』で広島県における原爆の悲劇を庶民の日常生活の場で淡々と描き、野間文芸賞を受けた。

2、小説の中に出た動物についての分析と比較

2.1山椒魚 その境遇、心理、性格及び寓意について

「山椒魚」の分析を始める前に、まず、その創作背景を説明しておきたい。井伏氏は名門福山中学に入学したとき、学校の内庭に畳一枚ほどの大きさの浅い池があり、その中に二匹の山椒魚が飼われてあった。宿舎にいた井伏氏は、どこかで雨蛙を見つけると、かまわず捕まえて来て山椒魚に食べさせていたとのことである。彼は幼少の頃から生き物に興味を持ち、その生態を観察することを好んだことがよく分かる。彼の処女作「山椒魚」にこのときの観察が生かされていたことはいうまでもない。「山椒魚」を読ん感じるのは井伏鱒二のものすごい観察力。それも絵が好きだったからなので」[iv]と小川洋子氏が書いている。だから、井伏は生き生きとした「山椒魚」を描くことができる。

山椒魚は棲家である岩屋から外に出てみようとしたのであるが、全身の力をこめて岩屋の出入り口を突進した結果に、頭は出入り口を塞ぐコッロプの栓となるに過ぎない。ロッコプを抜くために、彼は再び全身の力をこめて、後ろに体を退かなければならなかったである。山椒魚にとって永遠の棲家である岩屋は出入り口のところがそんなに狭かった。彼は狭い出入り口から外の世界を眺めることを好んだ。彼は生物を眺めるというより、自由になる可能性を眺めておるほうがもっと妥当だと思われている。この境遇にいる山椒魚を三つの方面から彼の性格と心理を分析しておきたい。

2.1.1山椒魚の孤独感

「相当な考えがある」と言ってみたり、小魚たちを不自由なやつだといってみたりと、そういうことで自分の失敗を他人にバカにされないようにしているかなと思われる。しかし、蝦に「物思いに耽る奴は、ばかだよ」と言ってみたり、この普通の山椒魚は少しまぬけで、寂しい怠けだと考えれる。寂しすぎて蝦に意地悪をしてしまった。誰でも持っている心の隅の気持ちがあるだろう。相手が羨ましすぎてどうしようもなく心が狭くなってしまった。少しかわいそうで、強がってみたりと、かわいらしさも持った山椒魚だと思われる。井伏も孤独だったと思われる。例えば、幼いごろ、父や弟や祖父など、家族を多く亡くしている。大きくなってからも、よき理解者や親友の青木南八は井伏より早く亡くなった人が多くいる。95年という長い生涯は井伏にとっては長すぎたかもしれない。多くの死を通して心に「孤独」というものが宿ったと思われる。

山椒魚は寂しくて悲しくて泣いたことがある。これから先のことを考え、暗くて、怖くてどうしようもない気持ちだったのだ。気が弱く、やさしい山椒魚だからこそ泣いたのだ。寂しくて、そして一人ぼっちで孤独で悲しい生き物である。

2.1.2山椒魚の矛盾

自分の住居からもはや出ることができなくなる山椒魚は狼狽する。悩み苦しむ彼は憂悶しているところ、一匹の蛙が迷い込んできた。彼はなんとその蛙を閉じ込め、自分と同じ境遇にしてしまう。孤独と焦燥と圧迫に耐えかね、自暴自棄になった末の意地悪行為であった。彼は蛙を閉じ込めた当初、もしかしたら蛙を憎み、苦しめようとしていたかもしれない。蛙も蛙で理由もなく山椒魚に閉じ込められ、憎んでいただろう。最初に蛙に対して抵触する気がするといっても、心の奥に蛙を歓迎している気もしているだろう。蛙との激しい口論は自分の不満を表すとともに、外界からの彼がずっと望んでいた自由の象徴である蛙に対する排斥もはっきりと見える。もう一つの矛盾は明るい世界へ憧れている山椒魚は心の奥に表面から見つけられないその岩屋である棲家から離れたくないという矛盾した考えかたが隠れているだろう。山椒魚は自分のいる岩屋の中を眺めることが嫌いだった。杉苔や銭苔、それが自分の棲家を汚すと思ったからだ。つまり、今までずっと住んで来たので、少しの愛着くらいわくのではないだろうか。勿論明るい世界への憧れは絶えることはないが、今までもこれからも住んでいく岩屋を「穴がもう少し大きければ」と責めることもないと思う案外いい場所だと考えられるかもしれない。長い間の穏やかの生活の影響で形成した安逸感が心の奥底に根付いたからではないだろうか。

2.1.3 自由への憧れ

山椒魚の岩屋生活において、初期、彼の孤独はものすごいだと思われる。彼は残りの人生をすべて、身動きもできないコケのおいしげる岩屋で暮らさなければならなかった。ときおり出入り口から見える谷川の情景、実際は自由の可能性を見ていた。彼は楽しんでみていたが、その中に少しでも羨望のまなざしはなかったか。外の世界の生き物はいくらでも好きなところで好きなことをすることができる。少なくとも山椒魚より自由だといえる。岩屋から外の世界を眺めることが好きであった。自分は永久にここから出られないだろう、あの明るい場所で生きることができないだろうと知っていたので、彼は現実(岩屋での一生)を嫌い、明るい世界の自由な生物に夢を抱いていた。きっと山椒魚は明るい世界を見ながら、夢の中だけでも自分をそこで泳がせていたのだろう、自分が岩屋にいることも忘れていた。一生孤独とともに生きていかなければならないこの山椒魚に同情せざる得ない。

井伏鱒二の永遠のテーマであり、永遠の問題は幽閉なのだろうと思われる。「幽閉」とは罰として人を閉じ込め、外に出さないことである。父の遺言、「子供たちには文学をやらせるな」ということが、彼にとっては自分のやりたいことを拒まれた、とめられたという、自分ではない世界に幽閉を感じたのかなと思われる。「山椒魚」に体現している孤独、悲しみ、矛盾などの習性を通して、井伏自身の思いや感情が込められているのではないかと考えられる。山椒魚は作者自身の象徴であるが、エビ、小魚などが自由を持っている人の象徴になると考えられてもよいだろう。

私は文章を読んだとき、悩みの多き若者にをイメージさせた。社会における人々の心理状態に対する啓示と風刺も含まれるだろう。人生の低潮あるいは逆境に遭っても、弱音を吐かず、力を奮って困難を克服する人は畢竟多くはない。山椒魚は暗闇で一人ぼっちで、たまに通る目高やきれいな生き物たちを否定し、心の奥で憧れるのである。山椒魚の孤独は作者の孤独である一方、山椒魚の矛盾は当時作者の矛盾も明らかに示しているではないかと思う。大正十二年の関東大震災を境にして左文学が進出し始め、大正末から昭和初頭にかけてその風はを文壇をふきまくった。左にあらざれば文学者に非ずという時代の風潮であった。「私は左場的な作品を書かなかったのは、時流に対して不貞腐れていたためではない」これは小説家としての態度、姿勢、心構えを知るための重要な言葉である。小田切秀雄の言い方を借りれば、「彼は岩屋のそとの急流や、意外なところにある窪みに入ることを避けて、大正から昭和の大転換期の、時代の急流や淀みに入ることをおそれて、身体は安全な場所におさめておいて外界をのぞき見することだけを好んだ、という存在として、魚と人間が重ねあわされる」[v]と述べている。即ち井伏の矛盾は当時の文壇に従うかそれとも自分の個性を保つかということである。そして、妙に人間くさいこの一匹のいきものは、ひとりの青年、当時25歳の井伏鱒二と重なる。井伏は自分と山椒魚のイメージを重ねて書いたのではないかと思われる。



記注

[i]:安岡章太郎は大正九年、高知県生まれ、日本の小説家、昭和28年「陰気な愉しみ」「悪い仲間」で芥川賞受賞。1981年「流離譚」で日本文学大賞、1991年「伯父の墓地」で川端康成賞を受けた。

[ii]:潮文庫「山椒魚」、新潮社出版、255ページを参考した。

[iii]:太宰治「『井伏鱒二選集』後記」昭和23年3月

[iv]:小川洋子、1962年生まれ、出身地は岡山県で、早稲田第一文学部文芸科卒業。

[v]:小田切秀雄 集英社 1975年12月5日『現代日本文学史 下巻』を参考した。

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